@Chrophoto

投票率低下の合理性と不合理性 ―「金だけ今だけ自分だけ」


あとで困らない。
市民が参加できる川口に。

自分の投票行動(参考まで)

選挙で白票を:海外事例、議席数を連動するアイディア

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投票しないという判断は合理的なのか?

「金だけ、今だけ、自分だけ」(A)

これは人間の行動原理だと思います。一般的にはこの(A)のほうが合理的と言われます。

しかし、政治には下記のような逆の事が求められます。不合理の塊です。

「お金目的じゃなくて、長期的な視点で、みんなのために」(B)

これも実は人間の行動原理です。

多くの人が、この(A)と(B)の割合(どの程度か?)や、その変化で時に応じて(A)重視だったり、(B)重視だったりします。

「どうせ投票しても変わらない」
「忙しい」
「候補者の違いもよく分からない」

そう考えて投票に行かない。この判断は、一見すると合理的に見えます。

実際、川口市の市長選挙の近年の投票率は10年以上前に30%を切り、近年は20%前半となりました。このままでは20%を割るのも間違いないでしょう。つまり有権者の 約8割は投票所に行っていない

この数字だけを見ると、「多数の市民が政治から距離を置いている」ように見えるかもしれません。

しかし、本当に重要なのは、その20%の“中身”です。


■ 川口市を動かしてきたのは「20%」ではない

投票率が20%ということは、市政の方向を決める選択に参加しているのは全体の2割です。

ですが、その2割すべてが政策を比較し、熟考し、その結果として投票しているわけではありません。

実際には、

    • 特定の業界や団体に属している人

    • 組織として動員される人

    • 利害関係が明確な人

こうした人たちは、友人知人など周りに声掛けをして投票率20%を下支えしているのです。

つまり、投票率が低い選挙ほど、ごく一部の人たちが相対的に強い影響力を持ちます。

一方で、

    • どこにも属していない

    • 特別な利害を持たない

    • 生活者として静かに暮らしている人

こうした人ほど、「行っても変わらない」と感じ、投票所から離れていきます。

結果として何が起きるか。

川口市を実際に動かしてきたのは、有権者全体の20%ですらなく、その半分の10%ですらないでしょう。
その中の“さらにごくごく一部”の声
だった可能性が高い、ということです。


■ 短期的には、「投票しない」のが合理的に見える

この構造を知っても、なお「投票しない」という判断は短期的には合理的に見えます。

    • 誰がどういった政治家かがわからない

    • 政治は複雑でわかりにくい
    • 政治に関心をもち時間を割くのは面倒だ
    • 自分が投票しなくても結果は変わらない

    • 組織票があるなら尚更だ

    • 生活はとりあえず回っている

そう感じるのは、自然です。

投票しないことで、すぐに困ることはほとんどありません。

だからこそ、合理的な人ほど距離を取ってしまう。


■ しかし長期的には、合理性が逆転する

問題は、この状態が何年も、何十年も続いたときです。

投票率が低いまま固定されると、政治は「参加する人向け」に最適化されていきます。

つまり、

    • 声を上げる人

    • 組織として要望を出せる人

    • 継続的に関わる人

の意見が、より合理的に、より効率よく、政策に反映されていく。

一方で、投票しない多数の人たちは、

    • 決定には関わらない

    • しかし影響だけは受ける

という立場に固定されます。

短期的には楽でも、長期的には自分たちの生活が、ごくごく一部の合理性で決められていく

「政治には無関心ではいられても、無関係ではいられない」

ここに、「投票しないことの不合理さ」があります。


■ 私が問題だと思っているのは、人ではなく構造です

私は、投票に行かない人を責めたいわけではありません。

問題は、

    • 違いが見えない候補者

    • 中身が伝わらない議会

    • 説明されない予算や事業

そうした状況のまま、「参加しない側が悪い」と言われ続けてきた構造です。

これでは、合理的な人ほど離れていきます。

だから私は、面倒でも、地味でも、数字や仕組みの話を書きます。

川口市政を中心に何が問題なのか?

これは、判断するための材料がなければ、合理的な参加はできないからです。


■ 投票は「正解を選ぶ行為」ではない

投票は、理想の政治家を選ぶ行為ではありません。

    • 全部賛成しなくていい

    • 支持者にならなくていい

    • 白票という選択もある

投票とは、「この決定に、自分も関係している」と線を引く行為です。

投票率20%の街では、その線を引く人が増えるだけで、政治の合理性は確実に変わります。

逆に言うと東京などの元々投票率が高い自治体に比べて、川口市は少しの投票率アップで大きく状況が変わる可能性が高いということです。


■ 長い目で見て、合理的であるために

投票しないことは、短期的には合理的に見えます。

しかし長期的には、ごくごく少数の人たちの合理性で街が動き続けることを許す選択でもあります。

私は、これまで投票に行かなかった人を否定しません。

ただ、「このまま任せ続けることが、本当に合理的かどうか」は、一緒に考えたい。

川口市を動かしてきたのがごくごく一部の声だったとするなら、これから先もそうである必要はないはずです。

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あとで困らない。
市民が参加できる川口に。