結論
地域決済システム・通貨(自治体Pay)は、地域経済の活性化やキャッシュレス化の推進に貢献する重要なツールです。代表例として さいたまPay、ハチペイ、Okaya Pay、かながわPayなどの事例は、地域特有の課題解決や消費促進に成功しています。しかし、デジタルリテラシーの格差、加盟店拡大の難しさ、予算の持続可能性などの課題も顕在化しています。
今後は、AIやブロックチェーンを活用した技術革新、地域課題解決への応用、大手決済サービスとの共存戦略を通じて、自治体Payの価値を最大化する必要があります。代表例として凸版の共通プラットフォーム「地域Pay®」は、その柔軟性と拡張性を活かし、全国の自治体や商店街での導入を加速させることで、地域経済の持続可能な成長が期待されます。
1. 地域決済通貨とは
地域決済通貨(自治体Pay)は、特定の地域内で利用可能な電子マネーやポイントシステムを指し、地域経済の活性化やキャッシュレス化を目的とした決済手段です。自治体や地域商工会議所、商店街などが主体となり、スマートフォンアプリやプリペイドカードを活用して運用されます。ポイント還元やプレミアム付商品券のデジタル化を通じて、消費を地域内に留め、域外への決済手数料流出を抑制する仕組みが特徴です。
1.1 自治体Payの背景
キャッシュレス化の推進: 日本政府は2019年の「成長戦略フォローアップ」で、2025年までにキャッシュレス決済比率を40%に引き上げる目標を掲げました。自治体Payは、この目標達成に向けた地域単位の取り組みとして注目されています。
地域経済の課題: 地域の小規模店舗では、クレジットカードや大手決済サービス(PayPay、楽天ペイなど)の導入に伴う手数料負担や端末コストが課題でした。自治体Payはこれらの課題を軽減し、地域内での経済循環を促進します。
デジタル化の進展: スマートフォン普及やマイナンバーカードの活用により、地域通貨のデジタル化が進み、利便性とデータ活用の可能性が拡大しています。
2. 自治体Payの現状
自治体Payは、凸版印刷が提供する「地域Pay®」プラットフォームを基盤とする事例を中心に、全国の自治体や商店街で導入が進んでいます。以下に代表的な事例を挙げ、その特徴を説明します。
「地域Pay®」は、凸版印刷が2019年5月から提供する決済プラットフォームで、自治体や地域法人が独自のキャッシュレス決済サービスを運用できる仕組みです。主な特徴は以下の通り:
多機能性: 単なる決済手段にとどまらず、ポイント付与、プレミアム商品券のデジタル化、ふるさと納税との連携など多様なサービスを提供。
柔軟な接続性: 地域の店舗が使用する多様な決済端末(クレジットカード端末、タブレットなど)に対応可能。
地域課題の解決: 健康増進や交通問題解決、ボランティア活動へのポイント付与など、地域特有の課題に対応した機能を提供。
導入実績: 2025年度までに自治体や商店街など100カ所での導入を目指しており、既に複数の地域で運用中。
2.2 具体的な事例
概要: 「地域Pay®」を活用し、ふるさと納税の返礼品として地域通貨ポイントを提供する仕組み。例として、渋谷区の「ハチペイふるさと納税ポイント」は、飲食店や宿泊施設で利用可能なポイントとして提供される。
特徴: 地域外からの資金流入を促しつつ、域内での消費を促進。利用可能な店舗は一部チェーン店を除く地域の飲食店やサービス業に限定され、地域経済の活性化に直結。
現状: ふるさと納税を通じた地域通貨の活用は、観光客誘致や地域ブランドの強化に寄与しているが、利用店舗の限定性が課題。
概要: さいたま市が2024年7月31日から運用を開始したデジタル地域通貨。市内の1041店舗で利用可能な「さいコイン」と、チャージ額に応じたポイント「たまポン」を提供。
特徴: 政令指定都市初のデジタル地域通貨として注目され、地域商社「つなぐ」が運営。ポイント還元を通じて消費意欲を喚起。
現状: 開始直後から注目を集め、利用者拡大を目指しているが、店舗数の拡大やアプリの普及が今後の課題。
概要: 埼玉県蕨市の電子商品券事業で、「地域Pay®」プラットフォームを活用。家計応援や市内事業者支援を目的に導入。
特徴: プレミアム付き商品券のデジタル化により、利用時の集計や精算業務を効率化。地域住民の消費を喚起。
現状: 地域Pay®の柔軟性を活かし、小規模自治体でも導入が進む好例。ただし、利用者層の拡大(特に高齢者)が必要。
概要: 渋谷区が提供するデジタル地域通貨で、2025年時点で区内加盟店で利用可能。マイナンバーカードを活用した認証で初回1000ポイント付与などのキャンペーンを実施。
特徴: 個人事業主や中小企業への手数料無料化により、店舗側の導入負担を軽減。ふるさと納税との連携も特徴的。
現状: 加盟店拡大や利用者向けキャンペーンにより普及が進むが、大手チェーン店との競合が課題。
概要: 長野県岡谷市で2020年4月から運用開始の地域通貨。「地域Pay®」を活用し、マイナポイントやボランティアポイントの付与に対応。
特徴: 行政と連携した住民サービス(例: ボランティア活動へのポイント付与)や、マイナポイント対応による利便性向上。
現状: 地域住民の利用が進む一方、加盟店拡大や観光客向けの活用が今後の成長ポイント。
概要: 神奈川県が提供するキャッシュレス決済ポイント還元事業。2021年に開始し、ポイント付与上限を当初の10,000ポイントから30,000ポイントに引き上げるなど積極的な運用。
特徴: 大手決済サービス(PayPay、楽天ペイ、d払い、au PAYなど)と連携し、予算70億円規模の大型キャンペーンを実施。
現状: 利用者数は60万人以上と普及が進むが、予算消化が進まない課題も浮上。利用者の7割が少額利用にとどまる。
2.3 自治体Payの普及状況
全国展開: 2025年7月時点で、PayPayなどの大手決済サービスと連携した地域キャンペーンが全国17自治体で開催中。地域Pay®を活用した独自通貨も、岡谷市や渋谷区、蕨市などで導入が進む。
利用者数: ハチペイやかながわPayのように、数十万人規模の利用者を抱える事例も登場。さいたまPayも開始直後から注目を集める。
加盟店数: 地域Pay®は多様な決済端末に対応し、加盟店導入のハードルを下げることで、小規模店舗の参加を促進。
3. 自治体Payの問題点
自治体Payの普及には多くの課題が存在します。以下に主要な問題点を整理します。
3.1 利用者側の課題
デジタルリテラシーの格差: 高齢者やデジタル機器に不慣れな層にとって、アプリのダウンロードや操作がハードル。特にマイナンバーカード認証(ハチペイなど)では、電子証明書のパスワード管理が複雑。
利用店舗の限定性: 自治体Payは地域内の特定店舗でのみ利用可能であり、大手チェーン店やオンライン決済に慣れた若年層には利便性が低いと感じられる場合がある。
ポイント還元の認知度: かながわPayのように、ポイント還元の上限引き上げやキャンペーンを実施しても、利用者の7割が少額利用にとどまるなど、認知度や利用意欲の向上が課題。
3.2 店舗側の課題
導入コストと手数料: 地域Pay®は中小企業向けに手数料無料を謳うが(例: ハチペイ)、初期導入の端末コストや運用サポートの負担が残る。大手決済サービスとの競合も課題。
加盟店拡大の難しさ: 自治体Payの効果は加盟店数に依存するが、小規模店舗のデジタル対応力や意識の低さが導入の障壁となる。さいたまPayの1041店舗は政令市としては多いが、全国展開には不十分。
3.3 運営側の課題
予算と持続可能性: かながわPayの例では、70億円の予算に対し10億円強しか還元が進まず、予算消化の遅さが問題に。長期的な財政負担や民間企業との連携強化が必要。
データ活用の未成熟: 自治体Payは利用データの分析を通じて地域経済の可視化が可能だが、データ活用のノウハウやプライバシー保護の仕組みが不足。
競合との差別化: PayPayや楽天ペイなど全国規模の決済サービスとの競合が激化。自治体Payの独自性(例: 地域課題解決機能)を訴求する必要がある。
4. 今後の展望
自治体Payの将来性は、地域経済の活性化やデジタル化の進展に大きく寄与する可能性があります。以下に今後の展望を考察します。
4.1 技術的進化とプラットフォームの強化
AI・データ分析の活用: 自治体Payの利用データを活用し、消費動向や地域課題の可視化を進めることで、政策立案やマーケティングに役立てる。ハチペイの事業概要レポートのようなダッシュボードの公開は好例。
ブロックチェーン技術: 地域通貨の透明性やセキュリティを高めるため、ブロックチェーンを活用した自治体Payの開発が期待される。実証実験として、香美市や須坂市での取り組みが参考になる。
マイナンバーカードとの連携強化: ハチペイのマイナンバーカード認証のような取り組みを拡大し、行政サービスや健康増進プログラムとの統合を進める。
4.2 地域課題解決への貢献
健康・環境分野: 地域Pay®は健康増進やごみ回収リサイクル(例: 香美市の実証実験)など、キャッシュレス以外の課題解決に活用可能。ポイント付与を通じた住民の行動変容を促す。
観光振興: ふるさと納税や観光カードのデジタル化(例: 地域Pay® forふるさと納税)を強化し、地域外からの誘客を拡大。地域ブランドの確立に寄与。
公民連携の強化: 行政、商工会議所、地域商社、民間企業(凸版印刷など)の連携を深め、持続可能な運営モデルを構築。
4.3 大手決済サービスとの共存
二刀流モデル: 毎日新聞が指摘するように、PayPayなど大手決済サービスとの併用が自治体Payの生き残り策となる。かながわPayのように、大手サービスを活用したキャンペーンが成功例。
差別化戦略: 自治体Payは地域特化のサービス(ボランティアポイント、健康ポイントなど)で独自性を強調。大手サービスが提供できない地域密着型の価値を提供する。
4.4 全国展開と標準化
共通プラットフォームの拡大: 地域Pay®のような共通プラットフォームを全国の自治体に展開し、開発コストや運用負担を軽減。凸版印刷の目標である100カ所導入は実現可能なターゲット。
標準化と相互運用性: 自治体Pay間の相互運用性を高め、異なる地域通貨を連携させる仕組みを構築。例: ハチペイとOkaya Payのポイント交換が可能になれば、利用者の利便性が向上。